信叟寺の歴史

六百年の歩み

1407年(応永14年)

創建

後小松天皇の時代に、足利道義が信濃国安曇野郡駒沢に創建しました。

臨済宗の僧・霊見性海を開山とし、25貫文の朱印地を受けて「万松山華厳寺」と称しました。

1503年(文亀3年)

火災により焼失

創建から100年後、寺は火災により焼失します。

1525年(大永5年)

善光寺付近へ移転

将軍足利義晴の命で善光寺付近へ移転し「真想寺」と改称。

1561年(永禄4年)

川中島合戦の頃に再び焼失

戦乱の中、寺は再び焼失します。

1570年(元亀元年)

金箱村へ再建・改宗

金箱村へ再建され、徳川幕府から寺領20石を与えられて「信叟寺」と改称。このとき曹洞宗に改宗し、宗祖道元の法系に属する寺となりました。

1714年(正徳4年)

現在地へ移転

洪水のため1714年(正徳4年)に現在地へ移転。

山門は飯山城の大手門を1881年(明治14年)に移築したものでしたが、1906年(明治39年)の火災で一部を残して焼失しました。

幾度もの再建

1909年(明治42年)庫裡を再建
1925年(大正14年)本堂を再建
1941年(昭和16年)地震で本堂が倒壊

試練が続きます。

復興と整備

1954年(昭和29年)本堂・玄関・書院を再建
1984年(昭和59年)鐘楼新築と梵鐘再鋳
2001年(平成13年)開山堂・位牌堂新築
2011年(平成23年)山門を全面修復し、新たに仁王尊を造立

六百年の法灯

信叟寺は、檀家や信徒の信仰を受けながら、六百年以上にわたり法灯を守り続けています。